著者の小松みゆきさんは日本人教師としてベトナムで暮らしていた。小松さんの母は、新潟県の豪雪地帯に生まれ、そこから出ることなく80過ぎまで過ごしていたが、認知症を発症し、2001年には夫に先立たれる。小松さんは一大決心をし、自らの住むベトナム・ハノイに母を連れてきて共に暮らすことにした。周囲は無謀だと反対。しかし、父の死まで、婚家に縛られ、働きづめだった母とやっと一緒に暮らすことができるようになり「この老いた母を幸せにしようと」誓う。
ハノイでは2度の手術や、15分ごとのトイレの介助など多くの障害がありベトナムに連れてきたことを後悔もする。しかし、ベトナムの人びとはお年寄りには優しかった。「それまで私は、いい年をして女1人で暮らしている得体の知れない外国人だと思われていたのね。でも、母親と一緒に暮らすようになって、ようやくご近所の人に受け入れてもらえたと感じられるようになって、ベトナムで生活するのが楽になった」。と小松さんは言う。
立ち寄った店の人や、オシンと呼ばれるお手伝いの女性、アパートの守衛、多くのベトナム人に支えられながら、母と共に暮らしてきたハノイでの6年間の生活を綴った体験記。